冉子(ぜんし)(ちょう)より退(しりぞ)く。子曰はく、「何(なん)ぞ晏(おそ)きや。」対(こた)へて曰(い)はく、「政(まつりごと)あり。」子曰はく、「其(そ)れ事(こと)ならん。如(も)し政(まつりごと)あらば、吾(われ)を以(もち)ひずと雖(いへど)も、吾(われ)(そ)れ之(これ)を与(あづか)り聞(き)かん。」

(訳)冉有(ぜんゆう)が季子(きし)の宰(さい)(家臣の長)となって、季氏の私朝(しちょう)から退出して来て、孔子に見(まみ)えた。孔子「今日はどうしてこんなに晩(おそ)いのか。」冉有(ぜんゆう)「今日は国政(こくせい)があってそれを謀議(ぼうぎ)したためにこんなに晩くなりました。」孔子「それは国政ではなくて季子(きし)一家(いっか)の私事(しじ)であろう。もし国政ならば、大夫(たいふ)は隠居(いんきょ)しても国政(こくせい)を与(あずか)り聞くのが礼であるから、わしは今は隠居(いんきょ)して用いられないけれども、曾(かつ)て大夫(たいふ)であったから、これを与(あずか)り聞くはずである。しかるにわしが与(あずか)り聞かないところを見ると国政ではないのであろう。」当時季子(きし)は魯(ろ)の国政を専(もっぱ)らにして、同列の大夫(たいふ)と公(おおやけ)の朝廷(ちょうてい)で謀議(ぼうぎ)しないで、独(ひと)り家臣(かしん)と己(おのれ)の家で国政を謀議したのである。それ故、孔子は知らない風(ふう)をしてこのように言って、名文(めいぶん)を正(ただ)し季子(きし)を抑(おさ)え、冉有(ぜんゆう)に教えたのである。

著者の解説では、私の家の事は「事(こと)」である。政(まつりごと)は私家(しか)で議(ぎ)せられれば政(まつりごと)であっても「事」である。ここにも孔子の正名(せいめい)主義(しゅぎ)が窺(うかが)われるのである。と書かれていました。

「政」と「事」に仕分けすることが大切だと分かりました。

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