子路第十三(8)
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子(し)衛(えい)の公子荊(こうしけい)を謂(い)ふ。「善(よ)く室(しつ)に居(を)る。始(はじ)めて有(あ)るに曰(い)はく、『苟(いささ)か合(あつま)る』と。少(すこ)しく有(あ)るに曰(い)はく、『苟(いささ)か完(そな)はる』と。富(さか)んに有(あ)るに曰(い)はく、『苟(いささ)か美(うつく)し』と。」
(訳)孔子が私(ひそ)かに衛(えい)の公子荊(こうしけい)を評して曰(い)われるには、「善(よ)く家を治めた人だ。家を立てた始めに器物(きぶつ)や貸財(かざい)などが形(かた)ばかりあると、『ちょっと聚(あつ)まった』と曰(い)って更に求めようとはしなかった。少しは器物(きぶつ)貸財(かざい)などが有るようになると、『ちょっと完備した』と曰(い)って更に備(そな)えようとはしなかった。十分に有るようになると、『ちょっと美しくなった』と曰(い)って、更に精美(せいび)を求めようとはしなかった。身分相応(みぶんそうおう)にして満足し、速(はや)く完備しようとか美を尽くそうとかいうことのために心を累(わずら)わされないのは、善(よ)く家を治めたといわなければならぬ。」
著者の解説では、この章は衛(えい)の公子荊(こうしけい)の心に節制があって、みだりに貪(むさぼ)り求めないことを美(ほ)めたのである。と書かれていました。
足るを知り、富に溺れず、段階的な成長に感謝することが大切だと分かりました。
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