先進第十一(12)
aki_aya@me.com

閔子騫(びんしけん)側(かたは)らに侍(じ)す。誾誾(ぎんぎん)如(じょ)たり。子路(しろ)行行(こうこう)如(じょ)たり。冉有(ぜんゆう)・子貢(しこう)侃侃(かんかん)如(じょ)たり。子(し)楽(たの)しむ。由(ゆう)が如(ごと)きは其(そ)の死(し)を得(え)ず。然(しか)り。
(訳)閔子騫(びんしけん)が孔子の側(そば)に立っていた。その様子は和(やわ)らぎ悦(よろこ)んでいる。子路(しろ)も側(そば)にいた。その様子は剛強(ごうきょう)である。冉有(ぜんゆう)と子貢(しこう)も側(そば)にいた。その様子は剛直(ごうちょく)である。孔子はこれを見て楽しんだ。英才(えいさい)を得てこれを教育することができたからである。子路(しろ)の剛強(ごうきょう)なところは禍(わざわ)いを受ける恐れがあるから、孔子はこれを戒(いまし)めて、「由(ゆう)のような人は畳(たたみ)の上で死ぬことは出来ないかもしれない」と曰(い)われた。
著者の解説では、この章は孔子が英才(えいさい)を得(え)てこれを教育するのを楽しんだ様(さま)及び子路(しろ)を戒(いまし)めた語(ことば)を記したのである。と書かれていました。
孔子が、慎み深い閔子、勇猛な子路、如才ない冉有や子貢という、全くタイプの異なる弟子たちに囲まれ、それを楽しむという境地にいたことが分かり、組織やチームにおいて、全員が同じ色に染まるのではなく、それぞれの「持ち味」が発揮されている状態こそが理想的なのだと分かりました。
|

