子曰はく、泰伯(たいはく)は其(そ)れ至徳(しとく)と謂(い)ふべきのみ。三(み)たび天下(てんか)を以(もつ)て譲(ゆづ)る。民(たみ)得(え)て称(しょう)するなし。
(訳)泰伯(たいはく)は徳の極(きょく)に達したものと謂(い)うべきである。己(おのれ)の取るべき天下を固(かた)く譲って取らなかったけれども、その譲り方が隠微(いんび)であるから、当時の人はその天下を譲ったことを知らないで、その徳を称美することができなかったほどである。
著者の解説では、泰伯(たいはく)のような有徳(ゆうとく)の人(ひと)が殷(いん)・周(しゅう)のうつりかわる時代に周の君になっていたならば、もとより諸侯(しょこう)を来朝させ天下を有(たも)つことができるのに、棄(す)てて取らないし、又棄(す)てて取らないという形迹(けいせき)をも現さなかったのは、どんなにその徳の至極(しきょく)していたことであろう。と書かれていました。
誰にも知られず褒められなくても利他の行いをしたいと思いました。


