子曰はく、狂(きょう)にして直(ちょく)ならず、侗(どう)にして愿(げん)ならず。悾悾(こうこう)として信(しん)ならずば、吾(われ)之(これ)を知(し)らず。
(訳)普通の人は欠点のあることを免(まぬか)れないが、欠点があれば又これに伴(ともな)う美点もあるものである。志が大きくて小事に拘(かかわ)らない者は多くは正直(せいちょく)である。無知なる者は多くは謹厚(きんこう)である。無能(むのう)な者は多くは信実である。今志が大きくて小事に拘(かかわ)らない者でありながら正直(せいちょく)でなく、無知でありながら謹厚でなく、無能でありながら信実でないならば、欠点ばかりで美点がないものであって、わしはこれらをどうして好(い)いかわからない。
著者の解説では、蘇東坡(そとうば)の言葉を引用して「天は物を生(しょう)じて、一様(いちよう)の気質を与えない。その材(ざい)が中以下の者は、この徳があれば、この病(やまい)があるし、この病があれば必ずこの徳がある。故に蹴(け)ったり齧(か)んだりする馬は必ず善(よ)く走るし、善く走らない馬は必ず従順である。この病(やまい)があってこの徳のないのは天下の棄材(きざい)である。」と書かれていました。
志が高く積極的であっても正直でないひと。無知なのにまじめでないひと。愚直なのに誠実さがないひと。こういう人は認められないのだと分かりました。


