子曰はく、其(そ)の以(な)す所(ところ)を視(み)、其(そ)の由(よ)る所(ところ)を観(み)、其(そ)の安(やす)んずる所(ところ)を察(さっ)すれば、人(ひと)焉(いづく)んぞ痩(かく)さんや、人(ひと)焉(いづく)んぞ痩(かく)さんや。
(訳)人の善悪を知るには、まずその人の行為をしらべてみる。もしその人の行いが善であるならば、次にその行為の動機を注意してしらべてみる。もし動機が善であるならば、更に善を楽しんでいるか否(いな)かをよくしらべてみる。善を楽しむ人ならば真の善人である。この三つの手段によって、人を観察するならば人は決してその善悪を隠して知らせないようにすることはできない。
著者の解説では、人の善悪を知ることは己(おのれ)を修(おさ)むる上にも必要なことである。と書かれていました。
「相手の行動・行動の原因・行動を支える信念」この3つを観察すれば、どのような人間であっても自分の本性を隠しおおせることができないはずだと分かりました。