子路第十三(9)
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子(し)衛(えい)に適(ゆ)く。冉有(ぜんゆう)僕(ぼく)たり。子曰はく、「庶(しょ)なるかな。」冉有(ぜんゆう)曰(い)はく、「既(すで)に庶(しょ)なり、又(また)何(なに)をか加(くは)へん。」曰(い)はく、「之(これ)を富(と)まさん。」曰(い)はく、「既(すで)に富(と)めり、又(また)何(なに)をか加(くは)へん。」曰(い)はく、「之(これ)を教(おし)へん。」
(訳)孔子が衛(えい)の国へ往(い)った時、冉有(ぜんゆう)が僕(ぼく)となって車を御(ぎょ)した。孔子が衛(えい)の民を見て歎息(たんそく)して「衆(おお)いことだ」と曰(い)った。冉有(ぜんゆう)「既に民(たみ)が衆(おお)い上は更に何を行いなさいますか。」孔子「これを富ませて生活を安全にさせよう。」冉有(ぜんゆう)「既に富んだ上は更に何を行いなさいますか。」孔子「これを教育して礼儀(れいぎ)を明らかにし人倫( じんりん)の道を知らせよう。」
著者の解説では、孔子が「庶(しょ)なる哉(かな)」と歎(たん)じた中には二つの意味があるといわれている。一は民(たみ)が衆(おお)くて恩沢(おんたく)を広く施(ほどこ)すべきことを幸(さいわ)いとしたのであり、一はそれを治める道がなくてこの衆民(しゅうみん)に負(そむ)くことを惜(お)しんだのである。と書かれていました。
国家の運営には、まず人民を増やし、次に生活を豊かにし、最後に道徳や礼儀を教え導くことが大切なのだと分かりました。
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