子曰はく、恭(きょう)にして礼(れい)なければ則(すなは)ち労(ろう)す。慎(しん)にして礼(れい)なければ則(すなは)ち葸(し)す。勇(ゆう)にして礼(れい)なければ則(すなは)ち乱(らん)す。直(ちょく)にして礼(れい)なければ則(すなは)ち絞(こう)す。君子(くんし)親(しん)に篤(あつ)ければ則(すなは)ち民(たみ)仁(じん)に興(おこ)り、故旧(こきゅう)遺(わす)れざれば則(すなは)ち民(たみ)偸(うす)からず。
(訳)人に接して恭(うやうや)しくするのはよいことであるが、礼(れい)をもって度(ど)を節しないと、苦しみ疲れるものである。事に臨(のぞ)んで慎(つつし)むのはよいことであるが、礼をもってその度を節しないと、畏(おそ)れるばかりで事を成(な)し遂(と)げることはできない。事を行うのに勇であるのはよいことであるが、礼をもってその度を節しないと、上(かみ)を犯(おか)して乱を作(な)すようになるものである。心のうちにあることを正直に言うのはよいことであるが、礼をもってその度を節しないときびしすぎて不人情(ふにんじょう)になるものである。恭(きょう)慎(しん)勇(ゆう)直(ちょく)は美徳ではあるが礼がないと弊(へい)がある。人の上(かみ)に立つ者は身をもって教え導くことを第一とすべきものである。上(かみ)に立つ者が親族に対して厚く愛敬(あいけい)の道を尽くすならば、下(しも)の人民は君の仁に感奮(かんぷん)興起(こうき)して己(おのれ)の親族と親しむようになる。上に立つ者が故旧(こきゅう)に対して平生(へいぜい)の交わりを忘れないで厚い情(なさけ)を尽くすならば、下(しも)の人民もまたこれに化せられてその徳が薄くなくなる。
著者の解説では、この章は、前節は徳は礼を本とすることを述べ、後節は民は君を手本とすることを述べたのである。と書かれていました。
礼こそが、個人の優れた資質(恭、慎、勇、直)を正しい方向へ導き、社会全体の倫理的な規範を形成する上で不可欠なものであると分かりました。また家族や親族に優しくし、旧知の友人を忘れないようにしようと思いました。


