アキヒロ号のブログ
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本の紹介

述而第七(28)

互郷(ごきょう)(とも)に言(い)ひ難(がた)し、童子(どうし)(まみ)ゆ。門人(もんじん)(まど)ふ。子曰はく、「人(ひと)(おのれ)を潔(いさぎよ)くして以(もっ)て進(すす)まば、其(そ)の潔(いさぎよ)きを与(ゆる)し、其(そ)の往(おう)を保(ほ)せず。其(そ)の進(すす)むを与(ゆる)し、其(そ)の退(しりぞ)くを与(ゆる)さず。唯(ただ)(なん)ぞ甚(はなは)だしくせん。」

(訳)互郷(ごきょう)という土地は、風儀(ふうぎ)が悪くて、与(とも)に善(ぜん)を語ることはできないのであるが、ある日そこの童子(どうし)が来て孔子に面会した。門人たちは孔子がそんな風儀の悪い土地の者に面会してはならないのではないかと疑った。孔子がこれを諭(さと)して曰(い)われるには、「人が一旦(いったん)心を潔(いさぎよ)くして進んで来るならば、ただその人が今能(よ)く自ら潔くしたことを許すばかりである。もとよりその人の以前の善悪を心に留(と)めはしない。ただその人の進んで来て見(まみ)えることを許すばかりである。その人が退(しりぞ)いて後に又不善(ふぜん)をなすことを許しはしない。どうしてただ過去や未来のことを考えてそうひどく拒絶(きょぜつ)することがあろう。」と。

著者の解説では、人は以前に不善(ふぜん)の行いがあっても、今日は善に向うかもしれない。今日善に向っても、後は不善の行いをするかもわからない。もし過去を追及(ついきゅう)し、将来を予想(よそう)すれば、餘(あま)り厳(きび)しすぎて、偏狭(へんきょう)を免(まぬか)れない。と書かれていました。

向上心を持ったひとにはすすんで手を差し伸べ、相手の清い心を認めつつも、その行動が過度にならないよう、適切な範囲で指導し、時には引き止めるという、柔軟でバランスの取れた人間関係のあり方が善いのだと分かりました。

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