寝(い)ぬるに尸(し)せず。居(を)るに容(かたち)づくらず。斉衰(しさい)の者(もの)を見(み)れば、狎(な)れたりと雖(いへど)も必(かなら)ず変(へん)ず。冕者(べんしゃ)と瞽者(こしゃ)とを見(み)れば、褻(せつ)と雖(いへど)も必(かなら)ず貌(ぼう)を以(もっ)てす。凶服(きょうふく)の者(もの)には之(これ)に式(しょく)す。負版(ふはん)の者(もの)に式(しょく)す。盛饌(せいせん)あれば、必(かなら)ず色(いろ)を変(へん)じて作(た)つ。迅雷風烈(じんらいふうれつ)には必(かなら)ず変(へん)ず。
(訳)寝る時は死人のような臥方(ねかた)をしない。平常(ふだん)家(うち)におる時は容貌(ようぼう)を飾ろうとしない。喪服(もふく)を著(き)ておる人を見れば、狎(な)れ親(した)しんでる人であっても必ず容色を変じてこれを哀(かな)しむ。有爵者(ゆうしゃくしゃ)と盲人(もうじん)とを見れば、改まった席でなくても必ず礼儀正しい容貌(ようぼう)をして、有爵者(ゆうしゃくしゃ)を尊(たっと)び、片輪者(かたわもの)を矜(あわ)れむ。車(くるま)に乗っておる時、途中で喪服(もふく)を著(き)ている者に遇(あ)うと、俯(ふ)して車の横木(よこぎ)に手をかけて敬意(けいい)を表(ひょう)する。戸籍簿(こせきぼ)を負(お)うて朝廷(ちょうてい)に持って行く者に遇(あ)えば敬意を表する。前者(ぜんしゃ)は喪(も)のあるのを哀(かな)しみ、後者(こうしゃ)は民(たみ)の数を重(おも)んずるのである。りっぱな御馳走(ごちそう)を出された時は必ず色を変じて立つ。主人の手厚い待遇に対してこれを敬し、敢(あ)えて当らない意を表すのである。雷(いかずち)が急に鳴る時風が烈(はげ)しく吹く時は容貌(ようぼう)を変(へん)じて敬(つつ)しむ。
著者の解説では、魏(ぎ)の曹操(そうそう)がある日劉備(りゅうび)に向って、「今天下(てんか)の英雄はただあなたと私とだけですね」と曰(い)うと、董承(とうしょう)と共に曹操(そうそう)を誅(ちゅう)そうとしていた劉備(りゅうび)はちょうど食事をしていたが、驚いて匕(さじ)と箸(はし)を取り落し、雷(いかずち)が鳴ったので、詭(いつわ)って「聖人が、『迅雷風烈(じんらいふうれつ)必ず変(へん)ず』と云(い)われましたが、まことにわけのあることですね」と曰(い)ったことがある。と書かれていました。
自然の威光に謙虚に応じる礼儀正しい反応を単なる作法ではなく、劉備の様にピンチで「礼」を武器に変えることも出来るのだと分かりました。


