人(ひと)を他邦(たほう)に問(と)はしむれば、再拝(さいはい)して之(これ)を送(おく)る。康子(こうし)薬(くすり)を饋(おく)る。拝(はい)して之(これ)を受(う)く。曰(い)はく、「丘(きゅう)未(いま)だ達(たっ)せず。敢(あ)へて嘗(な)めず。」
(訳)使者をやって他邦(たほう)にいる人を見舞わせる時は、再拝(さいはい)してこれを送って、親しくその人を見るような敬意を払う。孔子が病気になった時、魯(ろ)の大夫(たいふ)の季康子(きこうし)が薬を送ってよこした。孔子は拝してこれを受けて厚意(こうい)を謝(しゃ)した。礼を畢(おわ)って後(のち)、使者に向って「私は未(いま)だこの薬が私の病気に適するかどうかを明らかにすることができませんから、頂戴(ちょうだい)はいたしましたが服用(ふくよう)は致(いた)しません。」と曰(い)った。
著者の解説では、大夫(たいふ)から贈物(おくりもの)のあった時拝(はい)してこれを受けるのは礼である。「未(いま)だ明らかに識(し)らないから服用しない。」というのは疾(やまい)を謹(つつし)むのである。必ずこれを使者に告げるのは直(ちょく)である。と書かれていました。
孔子が、確信の持てないものは不用意に口にしないという、慎重な姿勢を取っていたことが分かりました。


