アキヒロ号のブログ
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本の紹介

泰伯第八(11)

子曰はく、如(も)し周公(しゅうこう)の才(さい)の美(び)ありとも、驕(きょう)(か)つ吝(りん)ならしめば、其(そ)の餘(よ)は観(み)るに足(た)らざるのみ。

(訳)周公(しゅうこう)は古(いにしえ)からりっぱな智能技藝(ちのうぎげい)の所有者として及ぶ者のない人であるが、ここに人があってもし周公のようなこの上もないりっぱな智能技藝を備えていたとしても、自らこれを誇(ほこ)り又他人が己(おのれ)のような智能技藝を有することをきらうならば、すでに智能技藝の本(もと)となる徳を失っているのであるから、その餘(よ)の智能技藝はいかにりっぱでも観(み)るに足らぬのである。

著者の解説では、驕(きょう)と吝(りん)とは関聯(かんれん)しているものである。驕はの枝葉(しよう)で吝は驕の本源(ほんげん)である。故に、常に天下の人を観察するに、驕である者の吝でないことはなく、吝である者の驕でないことはない。

(きょう)とは、他人は己(おのれ)に及ばないとしてほこることで、吝(りん)は己の才の美しいことを欲して他人の才の美しいのを欲しないことです。人は才能や能力だけでなく、謙虚さや寛大さといった人間性が伴ってこそ、真に尊敬され、その価値が保たれるのだと分かりました。

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