子曰はく、文(ぶん)は吾(われ)猶(なほ)人(ひと)の如(ごと)くなること莫(な)からんや。君子(くんし)を躬行(きゅうこう)するは則(すなは)ち吾(われ)未(いま)だ之(これ)を得(う)ること有(あ)らず。
(訳)文章はわしも人並みにできないことはなかろうが、みずから君子(くんし)と言うべき人の行いをすることは、わしはまだ十分にできない。
著者の解説では、文は聖人でも他人と同様でないことはないから謙遜しないのであるが、能(よ)く君子(くんし)を躬行(きゅうこう)すれば聖人の域に入ることができるから謙遜したのである。と書かれていました。
躬行(きゅうこう)とは、理屈をこねまわすことなく自分自身で実際にやってみることです。知識だけではなく、それを人格として体現することが難しいのだと分かりました。


