子曰はく、与(とも)に共(とも)に学(まな)ぶべし。未(いま)だ与(とも)に道(みち)に適(ゆ)くべからず。与(とも)に道(みち)に適(ゆ)くべし。未(いま)だ与(とも)に立(た)つべからず。与(とも)に立(た)つべし。未(いま)だ与(とも)に権(はか)るべからず。
(訳)人が学に志さなければそれまでであるが、いやしくも学んで己(おのれ)の人格を完成する志があるならば、これと共に学ぶことができる。しかし、岐路(きろ)に惑(まど)わないとも限らないから、まだこれと与(とも)に真(しん)の道を進み求めることはできない。あるいは与(とも)に真(しん)の道を進み求める事ができるかもしれない。しかし半途(はんと)で止(や)めないとも限らないから、まだこれと与(とも)に道を守って変わらないことはできない。あるいは与(とも)に道を守って変わらないことはできるかもしれない。しかし、一法(いっぽう)を固執(こしつ)しないとも限らないから、まだこれと与(とも)に事変(じへん)に応じて中正(ちゅうせい)の道に外れないような処置(しょち)をとることはできない。学者はこの境地まで進まなければならない。
著者の解説では、一法(いっぽう)を固執(こしつ)することは孔子の教えの貴ぶ所ではない。機に臨み変に応じて道を活用して中正(ちゅうせい)を失わぬようにするのを貴(たっと)ぶのである。と書かれていました。
人間関係や成長の段階を踏むことが大切だと分かりました。


